ることは昔からのきまり。そのご挨拶には及びませんのさ。しかし、どちらが落《おち》を取るかは互いの腕次第」
 重右衛門は、いよいよ以て苦ッ面になり、
「腕たア、撞木《しゅもく》の腕のことか。その腕じゃ、ゴーンと撞《つ》いても碌な音《ね》は出なかろう、何を吐かしやがる。……まア、そんなことはどうでもいいや。おい、御出役、お前《めえ》のくるのを今迄|痺《しび》れを切らして待っていたんだ。顔の揃ったところで、早速、改めにかかろうじゃねえか」
「おだてちゃいけません。あっしは御出役でも何でもねえ、あなたとちがって、ただの御用聞。下調べは如何《いか》にもあたしが手掛けますが、何といってもこんな稀有《けう》な事件。この象を腑分《ふわけ》したら、どんな化物《ばけもの》が飛び出すか知れたもんじゃねえ、御出役のこないうちに軽率《かるはずみ》に象に手をつけるわけにはゆきません」
 象のそばに寄って、じぶんの身体を柵にして、油断なく立構《たちかま》えているところへ、ドヤドヤと北番所《きた》の出役。
 与力|小泉忠蔵《こいずみちゅうぞう》以下、控同心《ひかえどうしん》神田権太夫《かんだごんだゆう》、伝兵衛の下ツ
前へ 次へ
全41ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング