近日|俄《にわ》か仕込みの同心言葉。気障《きざ》っぽく尻上りにそう言って、袴《はかま》の襞《ひだ》を掴みながらのっそりと起《た》ち上る。
「この月は北番所《きた》の月番だが、何といっても消口《けしくち》をとったのは俺のほうが先き。気ぶっせいかも知れねえが、常式通り相調べということにしてもらおうか。知ってもいようが、平河町から麹町十三丁は、むかしの俺の縄張り。お前だって仁義ということを知っているだろう、なア、出ッ尻。……ききゃア、この頃、平賀源内という大山師を担《かつ》ぎ出して、妙に、しゃくったような真似ばかりするが、あんまり方図《ほうず》もなくのさばると、いずれ、いい眼は見ねえぜ。なア、出ッ尻、気をつけるほうがいいや、出ッ尻」
 出ッ尻を売りに来やしめえし、出ッ尻、出ッ尻と気障な野郎だと思ったが、どうせ成上りの俄か同心、こんな馬鹿と正面切って渡合うほどのこともあるまいと、そこは、さすがに蜀山人太田南畝《しょくさんじんおおたなんぽ》先生の弟子だけあって、多少気が練れている。あざとく絡《から》んでくるのを、軽くいなして、伝兵衛、
「誰かと思ったら、これは戸田先生。先に手がつけば、相調べにな
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