た水藻の色なので、こんな底の浅い断層湖に吸込孔などあるわけはなかった。
「それがアクア・ラングというものなの? 大袈裟な仕掛けをするのはやめなさい。こんな浅い湖なら、鼻をつまんだまま潜ってみせるわ……ちょっと行って、見物してくるわ」
 水に入るのは、何年ぶりかだった。水の楽しさが肌に感じられる。久美子は着ているものをみな脱ぎ捨て、イルカのように湖水に飛びこんだ。上からくる水明りをたよりに、藻の間をすかして見る。十メートルほど下に、側壁のゆるやかな斜面が見える。その先は堆積物に蔽われた湖底平原だった。
 上のほうから黒い影が舞い降りて来た。アクア・ラングをつけた隆だった。
「やるつもりだな」
 こうなるような予感があった。
 こんな男とやりあう気はない。久美子は水をあおりながら横に逃げた。相当、ひき離したと思っていたのに、隆はすぐ後へ来ている。ゴムの鰭をつけているせいか、意外に早いのだ。反転して上に逃げる。間もなく水面へ出ようというとき、石倉の身体がまともに落ちかかってきた。
「ああ、やられる」
 隆が右足にしがみつく。石倉の腕が咽喉輪を攻める……胃に水が流れこみ、肺の中が水でいっぱいに
前へ 次へ
全106ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング