べてを語っていた……
 険呑な境涯に落ちこんだ。自分の力で身をまもるほか、やりようがない。暗くなるのを待って、夕食に出たものを裏の草むらに捨て、眠るとあぶないと思って、朝まで眼をあいていた。

 翌朝、十時ごろ、隆と石倉がバンガローへやってきた。
「宇野さん、これから父の死体をあげますから、いっしょに船に乗ってください」
 あまり悧口ではないようだ。もう、わかってもいいはずなのに、まだ、こんなことをいっている。
「なぜ、あたしがそんなおつきあいをしなくちゃ、ならないの」
「あなたは父の死際に薄情な真似をした。せめて、水から揚るところを、見てやってくれとおねがいしているんです」
 久美子は腹をたてて、大きな声でやりかえした。
「なんであろうと、強制されるのは、まっぴらよ」
「昨日、捜査主任に、父の死体は揚らないだろうといったそうですね。父の死体が揚ると、困ることがあるんでしょう」
「そんなふうには言わなかったわ……探しても見つからないなら、最初から死体なんか無かったんだろう、と言ったのよ」
「それは、どういう意味ですか」
 久美子は怒りに駆られて、心にあることを、そのままぶちまけた。

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