れば、そのとおりで、火口状の凹地に湛水《たんすい》した火口原湖に、水の湧く吸込孔などあるはずがない。石倉がなんのためにありもしない吸込孔を、あると言い張るのか理解できなかった。
 石倉の選んだバンガローは、キャンプ村の端れにあって、船着場のそばに一つ離れて建っていた。窓のない柿葺《こけらぶき》の小屋で、二坪ほどの板敷に古茣蓙《ふるござ》を敷いてある。入口の扉は乾反《ひぞ》って片下《かたさが》りになり、どうやってみても、うまくしまらなかった。
 一時間ほど湖畔を散歩して、バンガローへ帰ると、夕食が届いていた。罐詰のシチュウとミートボール……昨夜、ロッジで夕食に出たのと、おなじものだった。
「おお、いやだ」
 昨夜は成功しなかったから、もういちど、やってやれというわけか?
「あたしは殺される」
 なんのためだか知らないが、そういう形勢になっているらしい。
 いまになれば、思いあたるのだが、今朝、石倉が自転車でロッジへやってきたのは、当然、死んでいるはずの人間を、検察に来たのだ。久美子がガウンの裾をたくしあげながら玄関へ出て行くと、石倉は意外と失望のまじった、遣瀬ないような顔をした。表情がす
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