はなにか考えていたが、伏眼になって苦味のある微笑を洩した。
「君はふしぎなことをいうね。捜査二課では、半年がかりで大池とK・Uという女性を追及しているんだが、君はK・Uなんていうものは存在しないという」
「それはそうだろうじゃありませんの。恋文だけがあって、誰も顔を見たことがないなんていう、あやしげな存在、あたし信用しないわ……大池というひとにしたって、ほんとうに自殺したのかどうか、死体を確認するまではわからないことでしょう」
「大池はたしかに自殺したらしい……この先、まだ逃げまわるつもりなら、伊豆の奥の、こんな袋の底のようなところへ入ってくるわけはないから……われわれの見解はそうだが、大池が生きているという事実でもあるのかね」
 そういうのが警察の常識なら、決定的な場で、追及の裏をかく手もあるわけだと、久美子は考えたが、それは言わずにおいた。
 警察から伝達があったのだとみえて、夕方、キャンプ村の管理をしている石倉が機外船で迎いにきた。
「ご苦労さま」
 久美子が乗りこむと、機外船はガソリンの臭気とエンジンの音をまきちらしながら、対岸の船着場のほうへ走りだした。
「結局、バンガローへ
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