「その点は諒承したが、さっぱりしないところがある。ここへ来る前日、君は家財道具を伊那へ送っている。郷里の和歌山へ帰るといって、十時何分かの大阪行に乗ったはずの君が、伊豆のこんなところにいる……なぜ、そういう複雑なことをするのか、その辺のところを説明してくれないかぎり、われわれは同情しない……曖昧なことばかりいっていないで、この事件から解放されるように心掛けたらどうだ。不愉快な目に逢うだけでも損だと思うがね」
「和歌山へ行くつもりだったのは事実ですが、人間、気の変ることだってあるでしょう。そんなことでご不審を受けるのは心外よ」
「昨日の午後、川奈へ行く分れ道の近くで、大池の車に拾われたといったが、それは大池の気まぐれだったのか」
「たぶん、ね」
「その辺のところが理解しかねる……今夜にでも自殺しよという切羽詰った境遇にある男が、行きずりに、知らぬ女を拾って、家へ泊めたりするものだろうか? いぜん、なにか関係のあった女なら、話は別だが……」
「なにかの都合でK・Uの代用品のようなものがほしかったんじゃないかしら……K・Uなんて女性、ほんとうに存在するのかどうか知らないけど」
 捜査主任
前へ 次へ
全106ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング