を閃めき、そのショックで蒼白になった。
 昨夜、大池と二人で夕食をしたとき、食べものか食後の飲みものに、相当大量のブロミディアをまぜて飲まされた……これはまちがいのないとこらしい。
 酩酊状態の深い眠りが、その証拠だ。癌にたいする精神不安と、はげしい仕事のせいで、このところ、ずうっと不眠がつづいている。マキシマムに近い量のブロミディアを飲んで、やっと三時間ほど眠る情けない日常だ。
 湖心に漕ぎだしてから飲むつもりで、昨夜はブロミディアを使わなかったのに、湖畔から帰るなり、広間の長椅子のベッドにころげこんで朝の五時ごろまで眠った。大池が広間を通ってロッジから出て行ったはずだが、それさえも知らなかった。
 空が白みかけたころ、ボートをさがしに出て行った。永劫とも思える長い時間、靄の中を茫然と歩きまわり、辷ったり転んだり、湖水に落ちこんで、頭からびしょ濡れになったりしたが、夢の中の出来事のようで、細かいことはなにひとつ記憶にない。
 禁止に近い量を常用しても、よく眠れないのに、あんな昏睡のしかたをしたところから推すと、よほどの大量を使ったのにちがいない。殺すつもりででもなければ、やれないこと
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