の容器におさまったブロミディアの錠剤だった。
 ジャンパーの胸のかくしから転げだしたのを拾われたのだと思っていたが、そうではなかった。隆が薪箱の中から拾ってきたアンチモニーの容器は、さっきのまま夜卓の上にある。おなじ容器におさめられたおなじ催眠剤にちがいないが、久美子が持っているのとは、ぜんぜん別なものであった。
 久美子はベッドの端に腰をかけ、手の中のと夜卓の上にある二つの容器をジロジロと見くらべているうちに、隆という青年のいったことに、胡散《うさん》くさいところがあるのに気がついた。
 警察の連中や大池の家族がロッジに着く一時間ほど前、濡れものを乾すために薪箱の薪をあるだけ使って煖炉の火を焚しつけた……灰銀色の風変りなかたちをした軽金属の容器が薪箱の中にあったのなら、当然、久美子が見つけているはずだが、そんなものはなかった。
「嘘をいっている」
 久美子は今朝からの細々《こまごま》とした気疲れで、ものを考えることがめんどうくさくなり、煙草の煙をふきあげながらぼんやりと曇り日の湖の風景をながめていたが、どういう連想のつづきなのか、昨夜、大池に殺されかけたらしいという意外な思念が頭の中
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