運動靴をとりあげると、めずらしいものでも見るような眼つきでしげしげと靴底を眺めた。
「ひどく濡れてるね。これは乾かさなくともいいのかね」
靴が濡れていれば、どうだというのだ。お義理にも相手になる気がなくなり、久美子は聞えないふりをしていた。
二十分ほどすると、二階の寝室と奥へ行っていた連中が広間に戻ってきた。また隅のほうへ立って行って、五分ほど立話をしていたが、久美子のそばに年配の刑事を一人だけ残し、あとの四人がロッジから出て行った。玄関の脇窓から、四人の官憲が車のそばに立って協議しているのが見えた。
間もなく、二人の私服と警官が湖畔のほうへ行き、捜査二課と捜査一課が広間に入ってきた。
「ちょっとお話を伺いたいのですが……参考までに……」
加藤という係官が、愛想よく久美子のほうへ笑いかけた。
「この長椅子を拝借しよう……神保さん、あなたも、どうぞ」
捜査二課は椅子をひきよせて、傍聴するかまえになった。
「お取込みのところを、恐縮です」
「お取込み、なんてことはないんです、あたしのほうは」
年配の刑事は食卓の上に手帖をひろげ、わざとらしく腕で屏風をつくっている。それが久美子の
前へ
次へ
全106ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング