癇にさわった。
「これは訊問なんですか」
「飛んでもない」
 秀才がまた笑ってみせた。
「ここは警察の調べ室じゃないから、訊問なんかできようわけはないです……大池氏が自殺をする前後、どんなようすだったか、参考までに伺っておきたいということなので……」
「つまり挙動てなことですね……自殺する前後のようすといわれたようだけど、自殺してからのことは知らないんです。キャンプ村の管理人が飛んで来て、はじめて知ったくらいのもので」
「なるほど……ご存知なければ、前のほうだけでも結構です」
「たいして参考になるようなこともなかったわ……六時半ごろ、罐詰のシチュウとミートボールで簡単に夕食をしました……一人で湖畔を散歩して八時ごろロッジへ帰ったら、大池さんは二階の寝室へ行って、広間にはいませんでした」
「大池氏の家族のほうにも、われわれのほうにも、K・Uという頭文字《イニシァル》しかわかっていないのだが、昨夜、大池氏から家族にあてて、K・Uとこの湖で投身自殺……つまり心中するつもりだから、あとのところはよろしくたのむという遺書まがいの速達が届いたというのです……K・Uという女性は、大池氏の愛人なので、
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