た。
「あれらしいわ」
「ふむ?……らしい、というのは?」
「階段をあがって、昨夜、あの部屋で寝たようですから……あれが大池さんの部屋かどうか、あたし、よく知らないんです」
 刑事部長は、ああとうなずくと、いま広間へ入ってきた私服に眼配せをした。
 私服は階段をあがって、大池の部屋へ姿を消した。
 広間に残った四人は、隅のほうへ立って行って、なにかひそひそと協議をしていたが、そのうちに捜査の段取りがついたのだとみえて、私服と警官が奥の部屋へ入って行くと、戸棚をガタガタさせたり、抽出しをあけたてする音が聞えてきた。
 加藤という秀才型の係官はノンシャランなようすで広間の中をブラブラと歩きまわり、煖炉棚の花瓶や隅棚の人形を眺めていたが、そこの床の上に置いてあった絵具箱をとりあげると、だしぬけに久美子のほうへ振返った。
「大池さんは絵を描かれるの?」
「いえ、それはあたしの絵具箱です」
 係官は、ほうといったような曖昧な音をだすと、煖炉のそばへ行って椅子の背に掛け並べた濡れものにさわってみた。
「これは君のジャンパー? もうすこし火から離さないと、焦げちゃうぜ」
 そういいながら濡れしおった
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