とを見ていた。
 久美子のうろたえようが目ざましいので、笑止に思ったのか、
「どうも、失礼しました」と口髯が笑いながら挨拶した。
「誰もいないと思っていたもんだから」
 明晰な、そのくせ抑揚のない乾いた調子で、秀才型が見えすいたお座なりをいった。
「失礼ですが、どなたでしょう」
 口髯があっさりとうけとめた。
「われわれは警視庁のものです……私は捜査二課の神保……こちらが捜査一課の加藤君……このひとは伊東署の刑事部長で丸山さん……」
 そういうと、いまのところひと息つくほか、なんの興味もないといったようすで、ゆったりと長椅子に腰をおろし、三人でとりとめのない雑談をはじめた。
「大池さんはお留守なんですけど、ご用はなんですか」
 丸山という刑事部長は、チラと久美子のほうへ振返っただけで、返事もしなかった。
 五分ほどすると湖畔のほうへ行った警官とロッジの裏手へ行った私服が後先になって広間へ入ってきた。
「ご承知のようなわけでねえ」
 刑事部長が空《そら》っとぼけた調子でいった。
「ちょっと家の中を見せてもらうよ……大池の部屋は?」
 久美子は広間から見あげる位置にある中二階のドアを指さし
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