た。
「大池さん、どうなの?」
 管理人は愁い顔になって、
「お気の毒なことですが、いまところ、まだ……明日中に揚ればいいほうで……なにしろ藻が多いですから。エビ藻だの、フサ藻だの……どうしてもいけなけれゃ、潜水夫を入れるしかありませんが、ここには台船なんというものもないので……」
 この湖水では死体があがったためしはないと、昨日、大池が言っていたが、それは久美子のほうがよく知っている。
 伊豆の古い伝説によると、湖水の湖心に大きな吸込孔があって、湖底が稚児※[#小書き片仮名ガ、295−上−5]淵につづいていることになっている。うまく吸込孔に落ちこむことができれば、地球の終る最後の日まで、みっともない遺体を人目にさらさずにすむ……だからこそ、生存を廃棄するのに、久美子はこの湖をえらんだわけだったが……。
 そんなことを考えているうちに、大池の死は過失ではなくて自殺ではなかったのだろうかと、ふとそんな気がした。
「魚を釣るときは、錨をおろすものなんでしょう。大池さんのボートは流れていましたね。あれはどういうわけなの……この湖では流し釣りをするんですか」
 管理人は眼を伏せてモジモジしてい
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