たが、そのうちにささやくような声でこたえた。
「大池さんは釣りに出られたわけではなかったんです。つまり、その……」
「自殺?」
「はあ、そういうことだったらしいです。この湖で投身自殺するという遺書が、昨夜、おそく東京の御本宅へ届いたそうで、そのことはさきほどもわたしどもへお電話がありました……昨夜から今朝にかけて、自殺を思いとまるように説得してくれと、いくどかお電話くだすったそうですが、生憎、昨日はずっと吉田に居りましたので、なにもかも後の祭りで……御本宅の奥さまとご子息さまが七時三十五分の浜松行にお乗りになったそうですから、十時半ごろにはここへお着きになるでしょう……どうか、そのおつもりで……」
「お心づかい、ありがとう」
「わたしは石倉と申しますが、大池さんにはいろいろとお世話になりましたもので……むこうの管理人事務所に居りますから、ご用がありましたら、声をかけてください。私の出来ることでしたら……」
 そういうと、お辞儀をして、あたふたと帰りかけた。
「石倉さん……」
 はあ、といって石倉が戻ってきた。
「あなたバンガローの鍵を預っていらっしゃるんだって?」
「鍵?」
「どれでも
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