上って行った。
寝乱した、男くさいベッドのそばをすりぬけて窓のそばへ行くと、天狗の羽団扇《はねうちわ》のような栃の葉繁みのむこうの湖水に船が四、五隻も出て、なにかただならぬ騒ぎをしているのが見えた。
ボートや、底の浅い田舟のようなものに、三人ぐらいずつひとが乗り、一人は漕ぎ、一人は艫《とも》にいて網か綱のようなものを曳き、一人は舳から乗りだして湖の底をのぞきこみながら、右、左と船の方向を差図している。
「予感って、やはり、あるものなんだわ」
雨降りのさなか、湖水に行く道で大池の車に拾われたとき、うるさいひっかかりにならなければいいがと、尻込みをしかけた瞬間があった。
「湖水会管理人」という腕章をつけた男が、千慮の一矢ということもあるなどといって、対岸のボート置場のあるほうへ自転車ですっ飛んで行ったが、こんな騒ぎをしているところから推すと、大池はボートで釣りに出たまま、湖水にはまって溺死したのらしい。
「厄介なことになった」
久美子は窓枠に肱を突き、唇のあいだで呟いた。
久美子のプランではキャンプ村のバンガローに移り、今夜、夜が更けてからボートで湖心へ漕ぎだすことにきめていたの
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