う女が、宇野久美子の部屋で自殺しています。宇野久美子の行李の細引で首を締めて、一気に裏の竹藪へ飛んだというんです……結局、自殺ということになりましたが、一時は、絞殺して、二階の窓から投げ落したんじゃないかという嫌疑が濃厚だったそうです」
「それだけか」
「いまのところは、これだけですが、洗えばまだまだ、いろいろなことが出てきそうです」

 大池は、身体の深いところを測るような、深刻な眼つきで、ジギタミンを三錠ずつ、一時間おきに飲んだ。動悸もおさまり、普通に話ができるようになったが、胸中の不安はいっこうに薄らがぬふうで、見るもみじめなほど悶えていた。
「大池さん、十時間や十二時間、すぐ経ってしまってよ……一人でいるのが不安なら朝までおつきあいしますから、イライラするのはよしなさい……だいじょうぶ、死にはしないから」
「自分の身体のことは、私がよく知っている。とても明日の朝まで保《も》ちそうもない。だめだという感じだけで参ってしまうんだ……頭のたしかなうちに、言っておきたいことがある。宇野さん、聞いてくれないかね」
 聞きたいことなど、なにもない。だまっていてくれるほうが望みだったが、大池のあわれなようすを見ると、そうは言いかねた。
「聞いてあげてもいいわ。それで、あなたが気が休まるなら」
「私が何者だか、君はもう察しているだろう。二十日の朝、名古屋の私のところへ、君代が東京から長距離電話で、こんなことをいってきた。半年近く逃げまわって、忠平が疲れきっているから、すこし休ませてやりたい。忠平のところへ石倉をやって、この湖水で自殺するという遺書を書かせたが、形のないことではしょうがないから、伊豆へ行ってロッジで一と晩、泊ってくれれば、あとは石倉がいいようにこしらえるから、という話なんだ」
「石倉って、どういう関係のひとなんです?」
「石倉は君代の弟だ……トンネル会社へ融資する形式で隠しこんだ資産を、捜査二課では三千万から六千万の間と踏んでいるらしいが、どんな操作をしたって、そんな芸当ができるわけはない。その十分の一もあればいいほうだ、わずかばかりの隠し財産に執着して、時効年まで逃げまわるなんて、バカな話だと思うんだが、世間ではそろそろ忘れかけているのに、下手に捕って、むしかえされるのではかあいそうだという気持もあった……企画は、まったく他愛のないようなことなんだ……兄が乗
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