が生きているとすれば、どの辺にいるでしょう。可能性のことだが」
丸山捜査主任は、図面を見てくださいといいながら、床の上に地図をひろげた。
「二十三日の金曜日の朝以来、萩、十足《とおたり》、湖水の分れ道、吉田口……この四ヵ所で終日検問を実施しているが、大池らしいやつが出た形跡がないから、潜伏しているなら、湖水を中心にした十号国有林の中以外ではない……このロッジの地境に猪除けの堀がありますが、そのむこうが十号国有林の北の端です……いまは気候がいいから、そのつもりでテントや食糧を用意して入れば、二ヵ月や三ヵ月は平気でしょう……ただし、つかまえようということになったら、五百人ぐらいも人を出して山狩りをしないことには、どうにもならない。また、そうしたからといって、かならず成功するとは保証できません」
神保部長刑事が思いついたようにいった。
「加藤君、昨日は、警戒されて失敗したが、もういちど宇野久美子を泳がせてみるか。大池としては企図したことが成功したんだから、そんなところにこれから幾月も隠れていることはない。できるだけ早くぬけだしたいと思うだろう」
「そうはいうが、あいつはひどく敏感だから、かんたんには欺せないよ……泳ぎだすどころか、昨夜はバンガローで朝まで眼をあいていた」
久美子は重苦しい意識の溷濁《こんだく》の中で覚醒した。
眼をあいて瞬きをしているつもりなのに、冥土の薄明りとでもいうような、ぼんやりとした微光を感じるだけで、なにひとつ眼に映らない。
湿っぽいブヨブヨしたものの上に仰臥しているのだが、虚脱したようになって身動きする気にもならない。なにかもの憂く、もの悲しく、ひとりでに泣けそうになる。
この感覚におぼえがあった。
「……また、やった」
夜明しのパーティでつぶれてしまい、やりきれない疲労と自己嫌悪の中で眼をさますあの瞬間――眼をさましたといっても、はっきりとした自覚があるわけではない。遊び呆《ほう》けたあとの憂鬱が身体に沁みとおり、わけもなく飲みつづけたコクテールやジン・フィーズの酔いで手足が痺《しび》れ、そのまま、ふと夢心地になる……
「それにしても、あたしはどこにいるんだろう」
掌で身体のまわりを撫でてみる。マトレスの粗木綿《デニム》のざらりとした感触。マトレスの下は冷え冷えとしたコンクリートの床だ。マトレスの上に、下着もなしに裸で寝てい
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