していた」
 と、気味悪そうに眉をひそめた。その夜半《やはん》、身近になにか人の気配がするので、ハッとして頭をあげて見ると、女が、大きな眼をして青木の枕元に坐っていた。
「……あたしの郷里《くに》では、人が死ぬとお洗骨《さらし》ということをするン。あッさりと埋めといて、早く骨になるのを待つの。……埋めるとすぐ銀蠅が来て、それから蝶や蛾が来て、それが行ってしまうとこんどは甲虫がやってくるン」
 二、三日、はげしい野分が吹きつづけ、庭の菊はみな倒れてしまった。落栗が雨戸にあたる音で、夜ふけにたびたび眼をさまされた。
 ある夜、青木は厠《かわや》に立ち、その帰りに雨戸を開けると、その隙間から大きな甲虫が飛び込んで来て、バサリと畳の上に落ちた。青木はギョッとして思わず、縁側に立ちすくんでしまった。
 五日ほどののち、団六のところで将棋をさしながら、青木が、フト畳の上を見ると、乾酪《チーズ》の中で見かけるあの小さな虫が、花粉でもこぼしたように、そこらいちめんウジョウジョと這い廻っていた。
 いま二人が坐っている真下あたりの縁の下で、何かの死体|蛋白《たんぱく》が乾酪《チーズ》のように醗酵しかけて
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