強烈な眼があった。
 彼は無断侵入が真に憤懣《ふんまん》に耐えぬようすで「貴様なんだ」と叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]した。自分はほとんど眼も口もあけられぬ異様な悪臭に辟易《へきえき》し「臭くてこれじゃ話もなにもできぬ。いま窓を開けてから話す」と答えながら斜面の天井についている窓をおし開けた。
「天井の壁が落ちてきて物騒でしようがない。暴れるのもいい加減にしておけ」彼は急にうちとけた口調になって「実はナ、今日うれしいことがあってだれかと喋りたくてしようがなかったところなんだ。おれが騒いだために貴様がやってきたというのは、こりゃなかなか運命的な話だぞ……争われないもんだ。貴様があんな口調でものをいったのがおれの感情にピッタリした。忙しくなかったらしばらくそこへ掛けて行ってくれ。実はナおれの研究はまさに完成するところなんだ。間もなくおれは無限の財産を手に入れることになるんだ。無限だ。無限、無限! 突飛《とっぴ》にきこえるだろうが、おれは狂人じゃないよ。おれはねこの十年の間ルウレットの研究をしていた。屑箱の中の屑のようなものを喰って、寝る目も寝ずに計算ばかりしてたんだ。いったい
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