B
一、五日ほどのち六階へ上ってゆくと、彼はたぐまったような恰好で寝台で横になっていた。非常に痩せ細り、顔などは、びっくりするほど小さくなっていた。自分が入って行くのをもどかしそうにながめながら、癇癪をおこしたような声でいった。「おい、おれはこうやって三日も貴様を待っていたんだぞ……おれは動けなくなったんだ。手も足も萎《な》えてしまって、身動きひとつ出来やしないんだ」どうしたのかとたずねると、彼は忌々《いまいま》しそうに唇をひきゆがめながら、「なあに自殺するつもりでいろんなものを出鱈目に飲んでやったんだ。眼薬だの煙草の煮汁だの写真の現像液だの……そして眼をさまして見たらこんなことになっているんだ」そういうと火のついたような眼で自分の眼を見つめながら「貴様を待っていたのは、おれを窓から投げだして貰いたいからなんだ。手足がすこしでも利《き》いたら這って行ってもじぶんでやる。死ぬのにひとに手数をかけたくないが、いまいったように指一本動かせやせぬ。だから貴様にたのむのだ。金もなく身よりもない外国で中風《よいよい》になって生きているのは、どんなに悲惨か貴様にもわかるだろう。余計なことをいう必要
前へ
次へ
全41ページ中39ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング