「わなくともおわかりでしょう。でもそれはかんがえるほどたやすいものではありませんでした。いざやろうとなると、二人で顔を見あわせて溜息をついてしまうんです。そのうちにあのかたを看病することになっていつでもやれるようになりましたが、そうなるとあたしのいないうちに夫がやりはしまいか、容体がすこし悪くなれば自分が毒を飲ましたと思われはしまいかと、お互いにさぐりあい監視しあって、敵同志のようになってしまったんです。そのうちに、こんなに苦しむならたとえ餓死をしてもよそうといいだしました。そこへあの急変でしょう。このまま死なせると、あたしたちの思いで殺したようになるので死に身に看護してとうとうなおしてしまいました」
亭主はこれから白耳義《ペルジック》のスパ(温泉場)へ行って自分のシステムでルウレットをやって見ること。大勝する気なぞない。毎日細く食べて行けるだけ勝てば満足であること。「もしいけなかったらそのときは夫婦心中をするんです」といって細君のほうへ振返った。細君は夫の手の上に手をのせた。それが同意のしるしでもあるように。
次の夕方、夫婦は白耳義へ発っていった。タクシーの窓の中で手を振りながら
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