彼は窓に倚って茫然と暮れかかる巴里《パリー》の空をながめていたが、こちらへ振返ると当惑したようすでだまって椅子をさし示した。なにか都合が悪そうだと見てとったが、それには拘泥せず「この間は失礼した。あの浅薄なやつらをたしなめてもらうつもりでちょっと詐略をしたのだが、意外な結果になって不快をかけてしまった。どうもすまなかった」と詫びをいった。
彼はあの夜のことに触れたくないようすで始終そっぽを向いていたが、唐突《だしぬけ》にこちらへ向きなおると、なんとも形容のつかぬ愁然たる面もちで、「そんなことはどうだっていい。あらたまって詫びるほどのことでもないが、おれはあの晩、異常な経験をして、そのためにまたはじめから研究をやりなおさなけりゃならないことになったんだ」といった。そうして極度の失意をあらわしながら、「哲学的な意味で、賭博をリードするシステムなんてものはありえないというが、それはたしかに真理だ。おれはあの晩愕然とそれを悟った。おれの今までの研究はなんの価値もない。この黒い手帳に書きつけた公式や法則はそれ自身無に等《ひと》しいということを発見したんだ……おれはナ、あの晩夫婦の愚かな計画を思
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