ことを有難くおもえ、賭博場で自分の馬鹿がわかったと来ちゃ首を縊らなけりゃならんのだ。こんなものがシステムだなんて出かけて行ったら、モナコ三界で路頭に迷うぞ、及びもつかぬことを考えぬがいい」それ自身貧困である欧羅巴では、なんの生活力ももたぬ孤立無援のこの東洋人夫婦にとって、このような場合窮死は空想ではなく、極めてあり得べき事実なのである。この能なしの夫婦にとって賭博だけが最後の希望だった。彼等は悲運《ミゼール》から救ってくれるはずだった唯一の希望があとかたもなくケシ飛んでしまった。この打撃はどんなにひどいものだったか夫婦は虚脱したように椅子の中へめりこんでしまった。その絶望のさまはみるも無残なくらいだった。
 彼はまじまじと夫婦のようすをながめていたが懐中から黒い表紙の手帳をとりだすと、数字のギッシリとつまった頁《ページ》をペラペラとはぐって見せながら「システムなんてものは無限大の数字を克服してはじめて獲得出来るようなものなんだ。おれは十年やった。しかしそのおれでさえまだいっこうにわからん。君等はおれがかならず勝つと思っているかね? そんなことはあり得ないのだ。ルウレットというのはどれほ
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