案の定彼はうんとはいわなかった。女は苦手だとか、おれはもう社交の習慣を忘れてしまったとか、いろいろな口実を設けて頑強に反抗した。自分はそこで「バタを載っけた灸牛肉《シャトオブリアン》と鰻と、生牡蠣と鶏と……これだけのご馳走がお前のために用意してあるのだ」といってそれらの料理について精細な描写をした。
 彼は頭を抱えて呻いていたが「貴様はひとの弱点をつくようなことをする。貴様の策略にのるのは忌々しくてたまらんが、抵抗は出来ん。よし行く」といってたちあがった。
 彼の貪食ぶりは言語に絶した壮観で、挑みかかるようにありったけのものを喰いつくすと、喉を鳴らして遠慮なく※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気《おくび》をした。食事がすむとすぐ、亭主のほうが、自分は最近すばらしいルウレットのシステムを発見したが、座興までにここで実験して見る。お望みなら公開してもいいといって素早く机の上にノートをひろげた。彼はたちまち嫌悪の色をあらわし、険しい眼つきでこちらへふりかえった。彼は何もかも察したらしかったが、それについては一言もいわなかった。
 例の通り細君が|玉廻し《クルウビエ》になり亭主が賭
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