ていた。食事も部屋へとりよせて長い楽しい時間をかけて喰べた。葵はとりとめのないことを熱心に喋りつづけ、久我は葵のために小説や詩を読んできかせた。葵はこんな小説の題をみたことがある。……「|花の中の生活《ラ・ヴィ・ダン・レ・フルウル》」。そして彼女はかんがえる。〈その小説のなかには自分と同じように幸福な娘が住んでいるのであろう……〉
 ところが、この楽しい生活に、なに気ない風ですこしずつ翳《かげ》がさしかけてきた。
 着いてから三日目の朝、ボーイが久我に手紙をもってきた。差出人の名がない白い贅沢な封筒だった。葵が受取ってなに気なく鼻にあてると、ほのかにヘリオトロープの匂いがした。
 久我は封をきると、チラリと眼を走らせただけで、そそくさとポケットへおしこんでしまった。なにか妙な気がした。葵が、なんの手紙か、とたずねると、久我は顔をすこし赧らめて、
「公用だ」
 と、それだけいうと、ついと立って、露台のほうへ行ってしまった。あわてて逃げだしたとも思われるのだった。
〈ヘリオトロープの匂いのする公用〉……そんなことがあるべきはずはない。しかし、久我のうろたえかたがあまり際だっていたので、おし
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