しは未知のひとから、遺産相続の件で、内密にくわしい相談をしたいという手紙をもらいまして、それでここへやって来たのです。……わたくしには、南米のサン・パウロで働いておる年齢をとった叔父があるにはあるのですが、しかし、どうもありそうもないことでね。……はじめは冗談か詐欺かと思った、だが、人間、慾にかけるとたわいのないもので、そう思いつつ、結局、まあこうしてやって来たというわけです。……どうです、みなさんもそういうわけではなかったのですか」
 そういって、四人の顔を見まわすと、ずいぶんひとを喰った笑いかたをした。たれも否定するものはなかった。途方に暮れたような色がみなの顔にあった。二十日鼠は、
「……はは、(と、苦笑しながら)やっぱりそうでしたか。その手紙をここに持っておりますが、……ひとつ念のために読んで見ましょうかしらん」
 と、言いながら、もぞもぞとポケットを探して、邦文タイプライタアでうった紙きれをとり出すと、ひどく朗詠風に読みはじめた。

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一、火急に就き小生の身分は申上げず、御面晤の折万々御披露可致候
二、小生は貴殿が相続の資格を有せらる
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