蔽って逃げだすであろう。真実を言うために久我を失うのは、耐えられないことだった。……それに、すでに嘘をいいすぎている。もう、とりかえしがつかないのだった。葵は告白しないことに決心している。
それにしても、久我は美しかった。恋人として見るときは、不安を感ぜずにいられないほど、端麗な顔をしていた。こんな青年が警視庁にいるとは信じ難いほど、優雅な挙止をもっていた。〈シネラリヤ〉へ集ってくる最も貴族的な青年たちですら、久我ほどの|典雅さ《エレガンス》はもっていないのであった。
いまでは、葵は久我の真実と、愛情にいささかの疑も持っていなかった。彼は葵を警察から〈釈放〉さえしてくれたのである。これが愛されている証拠ではなくてなんであろう。たぶん、そう信じていいのに違いない。
その美しい容貌にかかわらず、久我の性情は堅実だった。そのうえ、彼はすぐれた詩人だった。もう五年……、すくなくとも、四十になるまでには、彼は、なにかひとかどの仕事を成しとげるであろう。家庭にいて、自分もそれに協力するのは、楽しいことに違いなかった。一日もはやく、ダンサーなどはよさなくてはならない。彼のために、そうするのが至
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