とをしないで、もういらっしゃい。疲れてないわけはないんだから。……でももしよかったら、今晩……、(すこし調子づいて)じつはね、さっき向うで相談したんですが、今晩、〈絲満南風太郎の参考人の会〉をやろうってことになったんです。……新聞記者の西貝君、乾老人、古田君、それから、僕……。あなたは疲れてるでしょうから、お誘いはしないけど……」
このまま、ここへ倒れてしまうのではないのか。……葵は気が遠くなりかけている。しかし、今晩久我に逢えるなら……。葵は、しずかに、いった。
「こんなの……三十分も眠ったら……なおるでしょう……。今晩……どこで?」
「七時。新宿の〈モン・ナムウル〉」
葵が立ちあがる。
「お伺いします。じゃ、さよなら」
「じゃ、七時に」
廊下のはしで、いちどふりかえると、夢の醒めきらないひとのような足どりで、そろそろと右のほうへ曲っていってしまった。
久我は、そのほうへ手を振った。時計を出して眺め、それから、落ち着かなそうに、コツコツと廊下を歩きはじめた。
間もなく、下の扉があいて、乾が出てきた。紗の羽織の裾をくるりとまくって、久我のまえに立ちはだかると、
「やっとすみま
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