首を抱きながら)オイ、……ときに、何か飲め……」
 若い男は、待ちかねていたように喉をならしながら、
「え。……じゃ、ビールと貝巻き、を」
「よしきた。……オーイ、ビールと貝巻きだ。束にして持って来いよ」
「こっちは日本盛だ。(と、もうだいぶろれつが廻らなくなった西貝が、だみ声をはりあげた)……オイ、久我千秋……久我千! おめえは高梁酒なんて、藁からとった酒ばかり飲んでいたんだろうが、わが日本の米の酒をのんで見ろ。……ぐっと一杯のんでみろ。……やい、那須一……那須一……、ここにいるこの若いのは、こんな風に化けているが、もとをただせば、タイヤール族なんだぞ。霧社の頭目だぞ。わかったか。那須、飲め……やい、駆出しの名探偵……」
 店のなかは、がんがんするような、やかましさだった。だれも相手のいうことなんかきいていない。めいめい自分勝手に、出放題なことを、大声でわめきちらしていた。

 二人連れの男が、戸をあけはなしたまま出ていった。そこから、黎明のほの白いひかりと、すずしい朝風がはいってきた。三人はもうものを言わなかった。ひどい眠気が襲ってきた。西貝は財布をだして、いった。
「もう帰ろう…
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