一二度〈那覇〉へ顔をみせたことのある、山瀬組の小頭ってのに逢って、……昨夜はどうも偉えことだったぜ、という調子で、はじめて女の一件をきいたんだが、その小頭ってのも、ボーイが自分でそう承知しているだけで、ほんとうに山瀬組の一家だかどうだか判ったもんじゃない。このほうも、しきりに追っかけているんだが、いまのところ、まだ消息不明なんだ。……なんでも、ボーイの話では、そのモダン・ガールがふらっとはいってきたのは、ちょうど十時頃で、そのすこし以前から、南風太郎と小頭と二人で、もう始めていたということだった。……(といって、額をなでながら)ああ、酔った、酔った。……空腹へ早駕《さんまい》でのんだら……眼がくらんで来た」
 となりの卓で、空になったビール瓶を前にして、さっきからもじもじしていた、二十四五の若い男が、このとき三人の方へ声をかけた。
「ねえ、那須さん。……僕ああの絲満南風太郎ってのを知ってるんです。(と、愛想笑いをしながら)……僕が深川の浜園町に住んでいた頃、よくあそこへ飲みに行ったことがあるんです。……あいつはね、もと毎年カムサッカや択捉《エトロフ》へ出稼ぎに行っていたんですよ。なにし
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