だから、こうして降参してるんじゃないか。……助けてやってくれとたのんでるんだ。……密告なら密告でいいから、あす一日だけ待ってちょうだい。……お願いよ、お願いよ。そのかわり、あんたのいうことはなんでもきく……」
乾はいかにも合点がいったという風に、うるさく首をふりながら、いった。
「そうか、よく判った。生かすの助けるのという器用な芸当は出来ないが、それほどにいうなら、密告《サス》ことだけは待ってやる。(手荒く鶴をひきよせると)待ってやったら、ほんとうにいう事をきくか?」
眼をとじると、鶴がかすかにうなずいた。
濃い霧がおりていた。
もう夜中ちかかった。家も街路樹もあいまいな乳色のなかに沈み、風がふくたびに海藻《かいそう》のようにゆらめくのだった。新宿の裏町を、号外配達が鈴を鳴らしながら泳ぎまわっていた。
霧のなかから、久我と葵が現れてきた。瓦斯会社の前の街灯の柱に号外がヒラヒラしてるのを見ると、久我がそのほうへ寄って行った。号外の湿った面には、こんな風に刷られてあった。
〈逃走中の黒色ギャング、大阪第八銀行襲撃事件の主犯|中村遼一《なかむらりょういち》(三六)は今夜十時半、新
前へ
次へ
全187ページ中173ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング