た。しかも葵はその夜一時頃、非常梯子をつたって自分のアパートから抜けだしているんだ。……現象的に見て、葵がやったと思うほかはないのだ」
「うん、わかった。それで、なにを言うつもりか」
「……衣裳屋へ服を借りに行った女が、いま盛んに追求されている。ホテルの婢《マグド》はまだ何も言ってないらしいが、いずれやり切れなくなって自首するだろう。……僕が捕えられるのはもう時間の問題だ。僕は殺っていない。だからこそ、葵のために僕は捕ってはならないのだ。どんなことがあっても二人で逃げとおすつもりだ。……僕の友人が穂高にいる。そこまで行けば、多少まとまった金が手にはいる。それで小樽までゆく。小樽から青島へ行く貨物船の定期航路があるはずだからそれで青島までゆく。あとはなんとかなるつもりだ」
山瀬は起きあがって草の上にあぐらをかくと、微笑をうかべながら、
「君がなにを言いたいのか、よく判ったよ。……俺に言わせると、危険なのは君の情況《シチュエシヨン》でなくて君が本気で細君《フラウ》を愛しはじめたことなんだ。君がひとりで逃げようとするなら、それは実に易々たる問題なんだからな。……むかし、虚無《ニヒル》の向う
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