が鉄槓杆を担いできた。巡査は槓杆をうけとると、扉の下へそれを差込んで、ぐいともちあげた。蝶番《ちょうつがい》がはずれた。錠の閂下《した》がまだ邪魔をしている。うん、と肩でひと押し。扉は内側へまくれこんだ。
むっとするような重い臭いが鼻をつく。手さぐりで壁の点滅器《スイッチ》をおす。……照明がはいって、そこで虐殺の舞台装置が、飛びつくように、一ペンに眼の前に展開された……。
敷布のくぼみの血だまり、籐椅子の上の金盥《かなだらい》には、赤い水が縁まで、なみなみとたたえられている。血飛沫《ちしぶき》が壁紙と天井になまなましい花模様をかいている。……そのすべてから、むせっかえるような屠殺場の匂いがたちのぼっている。寝台と壁の間の床の上に、裸の人間の足……乾いて小さくしなびた老人の蹠《あしのうら》がつきだされていた。
「おや! あそこにいた。……ひどいことをしやがったな」
巡査はハンカチで首のまわりを拭いた。
気抜けしたような男《ボーイ》のうしろには、五人の客が、明るい電灯の光の下で、ねっとりとかがやく血だまりを見ていた。藁蒲団をしみ通した血が、ポトリ、ポトリ、と床のうえにしたたるのがは
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