りで帰ってきました。支那では、香港《ホンコン》、漢口、北京《ペキン》という工合に転々としていたのです。最近の二年は上海《シャンハイ》にいて、そこの賭博場でマネエジャーのようなことをしていました。全国自連には関係がありません。……(そういい終ると、那須の顔を見つめて)しかし、おききになりたいというのはこんなことですか。……さっきは、絲満事件について、と言われたようでしたが……」
那須はすこしテレたような顔をして、
「いや、そうじゃありません。……あまりあなたの返事っぷりがいいので、つい、いい気になったんです。失敬しました……では……ひとつきいてください。ご承知の通り現場《ヤマ》はさんざんにひっくりかえされていて、ひと眼で初犯の手口だということがわかる。だが、それは非常な綿密な人物で、証拠というほどのものはなにも残していません。手の触れたところは、みないちいちハンカチで、拭ってあるという有様です。ひとつとして忘れたところがない。実にどうも驚嘆に価いしますね。……残っていたものというのが、柳の木の幹のすり傷、衣裳戸棚の中のすこしばかり乾いた泥。それからこんどの釦《ボタン》の血の紋章です。…
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