ったり、電話をかけたりするほか、めったに外出もせずに贅沢なホテルで葵と遊びくらしている。なにかしらひとに顔を合わしたくないようすで、このホテルでは山田と偽名さえしているのである。東京以来、ことにここへきてからの金のつかい方は、すこし度をこえている。〈こんなたくさんなお金はいったいどこから出てくるのだろう。……もしかしたら、警察官などというのは嘘なのではなかろうか。……そして、事によったら…絲満の……〉
ここまで考えてくると、葵の背すじをぞっと寒気に似たものが走るのだった。……ひとつ疑惑をもちだすと、つぎつぎと新しい疑惑がわき起って、葵のこころを責めたてるのである。
〈たぶん、と、葵はかんがえる。……結婚生活による急激な生理的変化が、こんなふうにあたしを神経過敏にしてるのであろう。……あとで考えると、なにもかにも、みなとるにたらない心配だったということになるのかも知れない……〉
葵はすこし息苦しくなり、掌に雨をうけてそれを額にあてた。
隣りの部屋で劇しく水の流れる音がし、まもなく生々と血のいろに頬を染めた久我が浴場から出てきた。おどけたような顔をしながら、
「……そんなところでなに
前へ
次へ
全187ページ中101ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久生 十蘭 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング