たモダン・ガールがあったろう。……てっきり、これだ、と百パーセントに見込みをつけて、おしかけて行っていきなり一本槍につっこんで見たんだ。……ところがねえ、(と、また頭をかかえこんで)こん、こんな馬鹿なはなしはないです。……密淫売で洲崎署に十八日|喰《くら》いこんでいて、今朝の十時にようやく出てきたばかりだったんだからねえ、話にもなにもなりやしないさ。……しかし、南風太郎の身元だけは調《あら》ってきたよ。調べてみると、絲満南風太郎ってのはエライやつなんだねえ。いままでのうちに、二度も三度も万という字のつく金をもうけたらしいんだが、こいつをしっかり抱えこんで、爪に火をともすような暮しをしていたんだねえ。だから、この殺人は金が目的だってことは確かなんだ。ともかく加害者は空手で帰りゃしなかった。いや、それどころか、しこたま掴んで引あげたんだ。……この絲満南風太郎ってのは懐疑的なやつで、その何万って金をみな自分の部屋にしまいこんであったんだねえ。……部屋の隅に、紫檀で作った、重い頑丈な支那長持《サマアチユウ》があるんだが、金はこのなかにあったんだと見えて、このなかが、いちばんひどく引っかきまわされているんだ。……金はそのほかに賁鼓《フンコ》というのかな……、台湾人がつかう太鼓の胴の中にも、文字通りザクザク隠してあったんだが、さすがに、これには気がつかなかったと見えて、そいつだけは助かったんだが、太鼓の中に隠してあった金だけでも、紙幣で八千円からあったんだ。……犯人は十二時から三時までの間に、……つまり、南風太郎が部屋へ寝に来るすこし以前に、家の傍の柳の木をつたって二階の窓からはいりこみ、衣裳戸棚の中に隠れて待っていたんだな。……二時、……或いは三時近くに、南風太郎がぐでんぐでんになってあがってきて寝台へ寝る。そいつをおさえつけて、ものもいわずに、肉切庖丁のようなものを、三度ばかり心臓のあたりへ突っ通す。……苦しがって、寝台から転がり落ちたやつを、こんどは呼吸の根をとめるつもりで、ずっぷりと頸動脈へ斬りこんだ、というわけだ」
「それは、ひどい」
と、美しい眉をしかめながら、久我がいった。西貝は、那須に酒を酌いでやりながら、せっこむような調子で、
「それで、どうなんだ。犯人の足どりは判らないのか。まだ見当もないのか」
那須は、酌がれたのをひと息でのみほすと、ますます大きな声で、
「その方は署からのききこみがすこしあるんだ。……はじめはなかなかシラを切ってね。ところがどうして、なかなか、本庁と洲崎署が車懸りになってやってるんです。昨夜は十時から、小松川の川っぷちと洲崎のバア、カフエ、円宿ホテルを一斉に非常臨検をやったんです。……その例のモダン・ガールってのを狩りたてているんだね。もっともその女が直接の加害者だと思っているわけではない。本庁では琉球か朝鮮の人間の犯行だと見当《みこ》んでいるし、洲崎署では区内の前科者の仕業だとにらんでいる。いまのところ意見は二た手に分れているんだがなにしろ、女が一枚のってるんで、非常に事件をややこしくしている。とにかく、その女をつかまえると、もうすこし輪廓がはっきりするはずなんで、警察でもいまのところ、こいつを追及するのに躍気となってるんだね。〈那覇〉のボーイのほうは、いかんせん、すこし低能でね、自分が見た女の印象を申立てることが出来ない。ちょっと上品なすらりと背の高い女だっていうんだが、これだけじゃなんの足しにもなりやしない。……そこで、その晩のいきさつてえのは、次のあさ九時頃、和倉町二丁目の自分の下宿から、店へ出掛ける途中、一二度〈那覇〉へ顔をみせたことのある、山瀬組の小頭ってのに逢って、……昨夜はどうも偉えことだったぜ、という調子で、はじめて女の一件をきいたんだが、その小頭ってのも、ボーイが自分でそう承知しているだけで、ほんとうに山瀬組の一家だかどうだか判ったもんじゃない。このほうも、しきりに追っかけているんだが、いまのところ、まだ消息不明なんだ。……なんでも、ボーイの話では、そのモダン・ガールがふらっとはいってきたのは、ちょうど十時頃で、そのすこし以前から、南風太郎と小頭と二人で、もう始めていたということだった。……(といって、額をなでながら)ああ、酔った、酔った。……空腹へ早駕《さんまい》でのんだら……眼がくらんで来た」
となりの卓で、空になったビール瓶を前にして、さっきからもじもじしていた、二十四五の若い男が、このとき三人の方へ声をかけた。
「ねえ、那須さん。……僕ああの絲満南風太郎ってのを知ってるんです。(と、愛想笑いをしながら)……僕が深川の浜園町に住んでいた頃、よくあそこへ飲みに行ったことがあるんです。……あいつはね、もと毎年カムサッカや択捉《エトロフ》へ出稼ぎに行っていたんですよ。なにし
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