二三で、上品で、すらりとして美しいというから、これは同一の人物と仮定してCという属にいれる。……そこで、この三つの属の内容を調べて見ると古田君が逢ったというAは、キモノを着ていて、しかも十時すこし前に古田君と連れ立って〈那覇〉を出て門前仲町まで行って、そこで別れている。加害者がクレープドシンの服を着ていたというところからおして、このAを容疑の圏外に置く。それからBのほうは、……巡査とボーイの、この二人の目撃者の陳述を基礎にすれば、そんな板額《はんがく》は、その夜、深川にも〈那覇〉にも現れていません。すると、必然的に、加害者はCだという仮定が成立つ。……Aは仮りにこの事件に関係がないとするとBとCの関係はこんな風になるのではないか。……つまり、BはCのために衣裳を借りに行った。……碌々身体にもあてずに持って帰ったということが、それを証拠立てています。自分が着る服なら、そんな選び方をするはずがない。それから、Bは保証金の受取証を持って帰っていますね。もしこの服が殺人の変装に使われると知ったら、そんな受取証は持って帰らずに、どこかで引裂いて捨ててしまったでしょう。この事実から、Bはこの殺人に了解がなかったことと、同時に使いをたのまれたのに過ぎないということが、二重に証明されます。……(茶碗の底に残っていた茶をズウと音をたてて啜りこんでから)さて、これだけの材料を順序よく配列して見ると、だいたいこんなことになる。……二十二三の、上品な、すらりとした美人が、ある女に頼んで服を借りて貰い、それを着て十時十分頃〈那覇〉へやってきた、このときボーイがそのうしろ姿だけ見ている。……そして、ボーイは帰る。それから一時ごろまで絲満とフリの客三人で大いに飲み、あるいは大いに飲ませ、絲満が泥酔したのを見すまして、帰るふりをして横手へまわり、柳の木をつたって二階の窓から寝室にはいり、衣裳戸棚の中にかくれて待っていた。絲満が泥酔して階下からあがってくる。寝台に倒れてぐっすり寝こんだところを、のしかかって心臓を三突、頸動脈をひと刺し。それから水差の水を金盥にとって手を洗い金をさがして発見する。綿密に部屋の中を拭いてまわる。釦をひろって受取書につつむ。もうなにも手落ちはない。そこで、扉をしめて鍵をかけ、階下の入口から悠々と出て行った。この時はもう三時近い。蛤橋を渡って浜園町へ行こうとすると、むこうから巡査がやってきた。あわてて一丁目の角を右に曲って、一直線に深川塵芥処理工場の方へゆく。そこの近くにある曲辰の材木置場のところまで行って、そこで、突然に大地へとけこんでしまったのです。(久我の顔を見つめながら)ここまではどうでしょう?」
 久我は微笑しながら、いった。
「面白いですね。よく判ります。それから?」
 那須はますます能弁になって、
「……ところで、この犯罪の最も短い半径内に、容疑者の権利をもつ二人の女性がいます。ひとりは、絲満の以前の情婦で……いま〈フレンド荘〉をやっている朱砂ハナ。もうひとりは、久我夫人すなわち葵嬢。……だが朱砂ハナのほうは、事件のあった十八日以前に、密淫売のかどで検挙《アゲ》られて、事件の当夜は洲崎署の留置場にいたんです。……まずこれ以上の完全な不在証明はありません。そこで、久我夫人のほうですが、これは二十二三で、上品、すらりとした美人です。本来ならば、なんとしてもまぬかれないところです。つまり美人なるがゆえに、こういう災難を蒙ることになった。美人になりたくないもんです。が、このほうも幸いなるかな、完全に近い不在証明があった。その夜は、夜の八時から十二時まで〈シネラリヤ〉に働いており、十二時半からつぎの朝まで、ちゃんと自分のアパートにいた。のみならず、〈那覇〉のボーイが、この女ではない、と断言した。うしろ姿だけ見ていて、当否の断定を下した。……なかなか秀才ですよ、こいつあ。冗談はともかくとして、こういう工合だから、Cという女の値は依然としてXのままで残ることになった。のみならず、忽然として深川の一角で消滅してしまったというんだから、なかなかただもんじゃない……人間がとけてなくなる。そんなことがあり得る筈はない。いずれどこかにチャンと切穴が明いてるんです。……そこで、ひとつ実地に魔術の舞台を験めて見る必要がある。……(そう言いながら、ポケットから手帳をとりだすと、精細に書きいれた地図を示して)ご覧の通り、殺人のあった枝川町一丁目は四方を海と掘割で囲まれた四角形の島です。この島を出て深川の電車路へゆくには、この蛤橋を渡って浜園町へ出るか、この白鷺橋を渡って塩崎町へぬけるか、それ以外には道がない。……いったい深川というところは、まるでヴェニスのように、孤立した島々が橋だけでつながっているようなものですが、ここ位い不便なところも少いのです。…
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