る未知の遺産につき、至急御通知申上ぐる義務を有し候
三、右は不動産、有価証券並に銀行預金にて、財産目録は御面晤の折御一覧に可供候
四、右は貴殿に於て当に失格せんとするものにて、至急資格申請並に諸般の手続を了する必要あり、猶々以上の外公表を憚る錯雑せる事情之有、御面晤の上篤と御説明申上ぐる外無之に付、左記場所まで日時相違なく御来駕給り度願上候
[#ここで字下げ終わり]
[#地から2字上げ]敬具
六月四日
一、六月五日、午前十時。
一、深川区枝川町二二五番地。
「那覇」、絲満南風太郎《いとまんはえたろう》方。
二十日鼠は椅子にかけると、不機嫌な顔をしてだまりこんでしまった。青年はすこし顔を赧らめながら、
「……僕も幼稚なんですねえ……その手紙はここに持っていますが、……でも、僕にも多少そういうこころあたりがあるので。……もっとも、半分は好奇心ですが。……(そして、微笑しながら娘に)あなたもそうですか」
と、優しくたずねた。
娘はやっと顔をあげると、もの悲しげにつぶやいた。……美しい声であった。
「あたし、半月ほどまえに、はじめて東京へ出てきまして、いま新宿の〈シネラリヤ〉ではたらいておりますの。……きのうの朝、十時頃、あたしのアパートへ女のひとから電話がかかってきて、いまの手紙とおなじことを言って、あたしにぜひきてほし言うのやし。……男の声のようなところもあるし、あたし、店のお客さんがいたずらしてるのだと思うて、いやや、ゆうて、笑いながら電話をきりましてんの。(すこし笑って)でも、ゆうべは、いろいろ空想をたくましゅうしてとうとう朝までよう寝られんのでした。……子供のとき生別れした父が、まだどこかに生きているはずなんですの。……今朝、そんな馬鹿なことないといくども思いかえしましてんけど……」
菜葉服は辛抱しきれない風で、横あいからひったくった。
「俺のほうもそうなんだヨ。……富岡町の支那《チャン》屋で雲呑《ワンタン》を喰ってると、そこへ電話がかかってきたんだ。上品な女の声でねえ……、こいつあ、たしかですぜ。(じろりと娘の顔を見ながら)嘘もまぎれもねえ女の声だったんで。……それで、なにしろそういううめえ話だから、あっしゃ喜んで、承知した、きっとお伺いしましょう、って返事をしたんだ。……もちろん、初めは……、あっしだっていろいろ気をまわして見たさ。だ
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