てるんだよ、古田のいうことは、……小柳橋の袂でその女に逢って、姐さん、一杯いこう、と声をかけたら、イエス、といってついて来た、てんだ。……だが、おおよその捜索方針《スンポウ》はきまったらしい。本庁の意見も一致した。現場の証拠は少《ウス》いが部屋の手のつけかたから見て、初犯の手口だということになった。犯人《ホシ》は、いまのところ女だという予想《ミコミ》なんで、懸命《ガセイ》にその女の行衛《アシドリ》を捜《ヒロ》ってるんだね。……結局」西貝が、ひったくった。
「結局さ、そんなものを追いまわす必要がないんだ。……葵をもっとひっぱたけば、いやでもその女が出てくる。……つまりAはBなり、さ。……しかし、こういう方法論を、あの男がわかるはずはない。……もっとも、あんなうす馬鹿に看破されるような、幼稚な証明の仕方はしなかったろうが、……要するに、生物変化の過程を、あの低能児は、個々の現象としか眺め得なかった。西貝計三は、白髪になっても西貝計三だ、という理窟がわからんのだ。……そんなウンテレガンの証言を捜索の基礎にしてるんだから、こりゃ、いつまでたったって解決する筈がない。……電話の声にしたってそうだ。声の音色なんざ問題じゃない。古田と葵の二人だけが、特別の方法で通知を受けたという点が重大なんだ。……これだけで、二人の間に、なにか共通の劣性因子があることが、充分察しられるじゃないか。うっかり口をすべらしたばっかりに、これがいま、あいつらの弱点になっている。……現にその点で、さかんに共同製作をやってるじゃないか。……片っぽうで、こんな声じゃなかった、といえば、片っぽうじゃ、こんな正直な方はありません、なんて、ぬかす。……おい、那須。……なにしろ、あの女は馬鹿じゃないんだ。しっかりしろよ。よ、名探偵」
「さようそこがトウシローと名探偵のちがいさ。(那須が笑いながら、やりかえす)……葵はね、西貝さん。その、九時って時間には、ちゃンと〈シネラリヤ〉で働いていたんですぜ。しかもひと晩じゅう、葵のそばにへばりついていたのは……、(と、いいながら、となりのモダン・ボーイ風の記者を指して、)なにを隠そう、こいつなんだから話はたしかだ。……こいつはね、一名、ダニ忠といって、女のそばにへばりついたら、雷が鳴ったって離れやしないんだから……それに、あの晩はこいつが……」
べつの一人が、あとをひきとって
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