といったねえ。感極まって泣きだした。……泣かしておいてお前さんは二階へあがってゆく。だいぶ経ってから角ばった包を持っておりてきた。なんだ、ときいたら、お前が脱いだ着物じゃないか、という。格別気にもとめなかったが、言わずと知れた、それがめあての三万両さ。……つぎの朝になって、乾君がのこのこと見物に出かける。その場から葵がひったてられると思いのほか、天運測り知るべからず、釦は久我に拾われて、せっかく仕組んだ芝居が丸札をだす始末。なまじっかよけいな手紙なんか出してるばっかりにかえってそれがカセになって、こんどはこっちが危くなる。あわててあることないことハガキに連ねて古田を密告。筋が通らないから、これもいけない。いろいろあせりぬいているうちに、どうやら久我にうしろ暗いところがあると見込んで、神戸くんだりまでおハナさんを尾行《つけ》てやってアラ拾いをさせる。銀行ギャングの一味だとわかったときは、君はよろこんだねえ。これをキッカケにして、あとはトントン拍子に筋が運ぶ。溜堀から服があがる。刑事がとんでくる。万事筋書通りになりました。久我は射たれて死んじゃった。……これでお国は安泰、福禄長寿……と、思ってるんだろうが、そうは問屋じゃおろさない。あたしがこれから暴露《バラ》しにゆく。……ねえ、あたしのような小供を利用して強盗を働くのは間接正犯といってね、よしんばあたしは助かっても、君は絶対に助からないよ。……あたしが手を合せてたのんだとき、そいつをきいてくれてたらこんな羽目にはならなかったんだ。善因善果、悪因悪果、早く絞首台へ追いあげられて、青洟《あおばな》をたらして往生しろ。……じゃそろそろ出かけようか。言いたいだけを根っきりしゃべったんだから、さぞききにくいこともあったでしょう。かんにんしてちょうだいね。……それではお二人さん、また法廷でお目にかかりましょう……」
 と、いいながら、ストンと榻から飛びおりた。
 乾がチラとハナに眼くばせをすると、ハナはしずかに立ちあがって鶴の横手へ廻った。鶴は油断なく扉のほうへあと退りをしながら、せせら笑った。
「どうするんだい? あたしを殺るつもり? 見そこなうナイ、般若!」
 乾は鶴のほうへは眼もくれずに、奥の棚の上にあるラジオのところへゆくと、それをいっぱいにあけた。東家三楽の浪花節が、耳も痺れるほどがんがんと鳴りだした。
 そうしておいて
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