った。鉄の焦げる臭いがし、鋭い破裂音が林の中へひびきわたった。いくどもいくどもこだまをかえした。
一人が呻き声をあげて草の上へ膝をついた。四人の男はあとしざりしながら、口々に叫んだ。
「野郎、抵抗するか」
「御用だ、岩船重吉!」
久我のピストルが、また轟然と火を噴いた。四人の男は蝗《いなご》のように納屋のうしろへ飛びこんだ。
「さ、早く!」
久我は葵の手をとると、右手の牛小屋のうしろへ駆けこもうとした……その時、なにか灼熱した鉛状のものが、ひどい勢いで久我の身体をさし貫いた。よろよろとして、その杭のほうへ手を伸ばそうとした……杭は急速に彼の眼のまえから消え失せた……
頭のうえで、だれか、わけのわからない言葉で叫んでいるのをきいた。こんなところに寝ころんでいられない。……起きあがろうとして二度ほど爪で土をひっかいた。……葵、……葵……
力のない視線を漂わせると、がっくりとうつ伏せになり、そして、動かなくなってしまった。
二十燭ほどの、ともしい電灯をつけた、店の板土間にあぐらをかいて、乾と朱砂ハナが酒をのんでいた。つぎの日の夕方のことである。
二人とも、もうだいぶ酔っているらしく、互いに、飲め、飲め、といってコップをさしつけていた。大部分は床へこぼしてしまうのだった。
入口を蹴りつける音がし、はげしく扉をおしあけると、ふらりと鶴がはいってきた。靴のままでずかずかと板土間へあがりこむと、陶榻《とうとう》の上へ腰をかけた。これも酔っているらしく、蒼ざめて眼をすえていた。
ハナが、ぐらりと首をのめらせて、下からまじまじと鶴の顔を見あげると、
「おや、なまちょこねえ、この餓鬼飲んでるよ。……オイ、どこで飲んできたんだ」
乾はいい機嫌で、しきりに額を叩きながら、
「掃き溜に鶴、か。……いや、待ってた、待ってた。……ま一杯のめ」
コップを高くさしあげて鶴の胸へおしつけた。鶴が烈しくはらいのけた。コップは乾の手を離れて遠いところまで飛んでゆき、鋭い音をたてて割れた。乾は額から酒の滴をたらしながら、ニヤニヤ笑った。
「おや、こいつの酒もよくねえ」
「うるせえ!」
鶴が甲《かん》ばしった声でさけんだ。血走った眼で乾を睨みつけながら、妙に重石《おもし》のついた声で、
「おい、やってくれたねえ……うれしがらせておいてハメこむなんて悪趣味だぜ。……こんなケチなガスモク
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