》の大きな紫檀の食卓を挾んで、那須と古田が腕組をしている。すこし離れたところで、西貝は床の間を枕にしてまじまじと天井を眺めていた。妙に白らけたけしきだった。
 しばらくの後、古田は腕組をとると、焦《じれ》っぽくバットに火をつけながら、
「……野郎、感づいてスカシを喰わしたんじゃねえのか。……やっぱり寝ごみを押えたほうがよかったんだ。(と、いうと、腹巻から大きな懐中時計をだして)もう、一時半だ。……ねえ、那須さん、こりゃ来ねえぜ」
 那須は顔をあげると、落着いた口調で、
「いや、きっと来る。……だがね、古田君、言うだけのことは言ってもいいが、手だしをして貰っちゃ困るよ。僕が迷惑をするから。……いいか、念をおしとくぜ」
 古田は煙のなかで、不承不承にうなずいて、
「ま、よござんす。……わかりましたよ」
 と、いって横をむいた。西貝は煽てるような口調で、
「三つ四つ撲りつけるのは関《かま》わんさ。その位のことがなくちゃおさまらんだろう、なあ、古田氏……」
 那須は眉をしかめて、
「よして貰おう。さっきも言ったように、今日はそういう趣旨じゃないんだから。……それに、(皮肉な眼つきで古田の顔を見ながら)下手なことをすると、古田君、胸板にズドンと風穴があくぜ」
 古田は眼を見はって、
「じゃ、ピストルでも持ってるのかね、野郎……」
 那須がうなずいた。西貝はせせら笑って、
「本当か、おい、那須。……また附拍子《ツケ》を打ってるんじゃねえのか」
 那須ははねかえすように、
「ご承知のように、アナシェビーキの一派は、大抵みな持ってるからね。それで、あいつだって持ってるだろうと思うのさ」
 西貝は、えっ、あいつが……と、いいながらはね起きた。古田は判ったような顔をして、首をふりながら、
「アナヒ……、ふむ、なるほど。……道理で胡散臭《うさんくさ》いと思ったよ」
 と、いった。すると、那須は皮肉な調子で、
「ふん、胡散臭いやつはどこにもいるさ」
 と、いいながら、なに気ない風で、ジロリと西貝を見た。なぜか西貝は急に暗い顔をして、庭のほうを向いてしまった。
 廊下に足音がして、女中のあとから久我がはいってきた。いつものように、すこしとりすましたようなようすで、慇懃に挨拶をした。
「どうも、たいへんお待たせしまして……」
 凄いほどひき緊った端麗な顔を、じっとりと汗でしめらせ、婉然と眼をほ
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