濡れた大きな眼があった。丸い小さな、干貝のような耳がぴったりと顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にはりつき、たるんだような薄い唇がその下までまくれあがっている。顎には恐ろしい贅肉がついていて、三つぐらいにくびれて、いきなり厚い胸になっている。手足が鰭でないばかりで、膃肭獣そっくりというようすをしている。こうして向きあっているのは、たったいま海から上って来た膃肭獣なのではなかろうかという無意味な妄想につかれ、薄暗がりの中でこういう異相と向きあっているのが厭わしくなり、狭山にランプを持って来いと命じた。
狭山は足をひきずりながら炊事場の方へ行くと、七分芯のランプに灯をつけてきて※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]木の釘にひっかけ、見ていても気が焦ら立つようなのろくさいしぐさで煖炉を燃やしつけ、のっそりと私と向きあう床几に掛けた。
ランプの光の中に浮きあがった狭山の顔は、悲惨きわまるものだった。狭山は壊血病にかかり、齦《はぐき》は紫色に腫れ、皮膚は出血斑で蔽われている。髪の毛はすっかり脱け落ちて、わずかに残った眉毛の毛根が血膿をためていた。これから推すと、膝関節
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