た。
 部屋の中央に据えられた鋳鉄製の大煖炉の傍まで戻って、そこの床几に腰をかけたが、煖炉はすっかり冷え切っていて、寒さと佗しさを感じさせるのに役立つばかりである。すぐそばに薪が置いてあるが、忌々しくて火を燃しつける気にもならない。歯の根を顫わせながら狭山良吉が帰って来るのを待っていたが、いつまでたっても姿を見せない。
 一、私は寒気と疲労と空腹のために不機嫌になり、腕を組んでむずかしい顔をしていると、それから小一時間ほどたってから、裏口の方に跛をひくような重い足音がきこえ、ゆっくりと扉を開けて誰か入ってきた。薄暗がりをすかして眺めると、奥の入口一杯にはだかって大きな男が立っている。私は焦れ切っていたところだったのでいきなり、
「貴様、狭山か」と声をかけたが、こちらを見ながら、うっそりとしているばかりで返事もしない。
「そんなところで、のっそりしていないで、こっちへ来い」と怒鳴りつけると、狭山は小山がゆらぐように近づいてきて、食卓をへだてた向う側に突立った。
 眼の前にふしぎな顔があった。前額というものがまったく欠失して、一本も毛のない扁平な顱《ろ》頂につづき、薄い眉毛の下に犬のような
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