斜面に足場を刻みながら、一歩一歩上って行くと、中腹の岩蔭に、人夫小屋が頑固な牡蠣殻のようにしがみついていた。入口に雪|囲《がこい》をつけた勘察加《カムチャッカ》風の横長の木造小屋で、雪のうえに煙突と入口の一部だけをあらわし、沈没に瀕した難破船のような憐れなようすをしていた。
入口の土間は、十畳ほどの広さで、薄暗い片隅に、人夫達の合羽や、さまざまな木箱と樽、ペンキの剥げたオールや短艇《ボート》のクラッチなどがごたごたとおいてあった。扉を叩きながら声をかけて見たが、ひっそりとしずまりかえって、返事がないので、形ばかりの押扉を押して部屋に入ってみた。
そこは奥行の深い※[#「木+垂」、第3水準1−85−77]木《たるき》がむきだしになった、がらんとした粗末な部屋で、半ば以上窓が雪に埋まっているので薄暗く、もののかたちが朧気によろめいている。左右の板壁によせて、二段になった蚕棚式の木の寝台が八つほど造り附けになり、はるか奥の突当りに裏口の扉が見える。その右手が炊事場になっているようなので、行って覗きこんでみたが、炊事道具や罐詰の空罐などが乱雑に投げだしてあるばかりで、そこにも人の姿はなかっ
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