にも腫脹がはじまっているのだろう。のろのろと動きまわるのがその証拠だった。
私は狭山が横着をしているのだと思い、人もなげな緩怠な態度に腹を立てていたが、誤解だったことがわかったので機嫌をなおし、
「貴様、いままでどこにいたのか」とたずねてみた。
狭山は沈鬱なようすでゆっくりと顔をあげると、唇の端をひきさげて眉の間を緊張させ、頬をピクピク痙攣《ひきつ》らせながら、私の顔を正視したまま、頑固におし黙っている。抑鬱病患者によく見る、癲癇性不機嫌といわれるあの顔である。私はつとめて口調をやわらげて、いろいろと問いを発してみたが、なにをたずねても返事をしない。
氷と霧にとじられた荒凉寂漠たる島に、長い間たった一人で暮らしていたため、この男は物をいうすべを忘れてしまったのかもしれない。極地で孤独な生活をしていると、次第に構言能力を失うようになるということが、ウイレム・バレンツの報告書に見えている。この島の恐ろしい寂寥のため、抑鬱病か、あるいはそれに近い精神障礙をひき起したのだと思った。
私はすっかりもてあまし、撫然と狭山の顔を眺めていると、とつぜん狭山は口をあき、海洞に潮がさしこんでくるよ
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