々、離島して、一旦、敷香まで行き、そこから陸路帰庁するつもりで、船長室の煖炉の傍に坐っていたが、まもなく帰船した部下の報告によって、この島に椿事のあったことを知り、予定した行動をとることができなくなった。
 それは、今年一月四日の夜、乾燥室から火を失し、塩蔵所の一部と人夫小屋を除く以外、全部の建物が烏有《うゆう》に帰し、狭山良吉という剥皮夫が一名生き残ったほか、清水技手以下五名が焼死したという椿事である。それで、責任上、仔細に事件を調査し、その結果を上長ならびに警察部に報告すべき義務が生じたが、便乗して来た第二小樽丸は、逓信省命令航路の郵便船で、遠浅、遠内、敷香などの町に送達する郵便物を積んでいるため、調査が終るまで沖合に待たせて置くわけにはいかない。やむを得ず、敷香から電信で事件の大体を本庁に報告するように部下に命じ、帰航に島へ寄って貰う条件で、私が島に残ることにした。船は遅くも明後日の夕刻ごろ寄島することになろうから、非常な不便はなく、それまでに調査も滞りなく完了することと思った。
 一、舷梯を伝って氷原に降り立つと、汽船は咽ぶような汽笛を長鳴させながら、朦朧たる海霧の中に船体を没
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