ないようすで、赧黒い頬にとめどもなく涙をつたわらせながら、
「すぐおさまる」とか、「元気を出したり」とか、涙にくぐもった声で呼びかけ、口を割って水を飲ませ、掌を煖炉で温めては一心に膃肭獣の背をさすっている。膃肭獣は苦しそうに呻きながら、首をあげて狭山の顔を見あげ、前鰭を狭山の腕に絡ませて悲しげな愛想をする。すると、狭山はさする手をやめ、大きな声で泣きだしてしまうのだった。間歇的に劇痛がくるらしく、そうしているうちにも、弓のように背筋を反らせて爪先から頭の先まで顫わせ、そのたびに見る見る弱っていく。狭山はどうしようも才覚つかなくなったふうで、腕の中に膃肭獣を抱え、子供でもあやすようにただわけもなく揺りつづけるのだった。吹雪と北風の音にとざされた荒凉たる絶海の孤島で、膃肭獣だけを友にして生活していた狭山にとっては、この期の悲嘆はかくもあるのであろうか。人獣の差別を超えた純粋な精神の交流に心をうたれ、私は涙を流さんばかりだったが、追々ひく息ばかりになり、とうとうシャックリをするようになった。
狭山は手の中のものを取られまいとする子供のように、執拗に膃肭獣を抱きしめていたが、どうせ助からぬも
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