島の誰かが馴染みの娼婦からでも貰って来たのかも知れず、柱暦の日附も、昨年のものだとする理由はどこにもない。一昨年のかも一昨々年のかも知れなかった。
私は安堵と疲労と同時に感じ、この島へ来て以来、はじめて熟睡した。どのくらい眠ったか知らないが、騒がしい音で眠りからさまされた。狭山が悲痛な声で膃肭獣の名を呼びながらあわただしく走りまわっている。膃肭獣がまた病気になったのだ。
とるにも足らぬ妄想の閾に立って狭山をながめ、勝手に嫌悪したり怖れたりしていたが、ひとりよがりの独断をふり落してしまうと、狭山にたいする不快の念は拭い去ったようになり、この孤島に自分とこの男と二人っきりしかいないのだという、親愛の情のようなものさえ感じるようになった。この数日の友だった男の悲嘆を見過して置けず、自分に出来ることなら応分の手助けをしようと思い、上衣をひっかけて狭山のいるほうへ行った。
薄暗いランプの下に膃肭獣が長くなり、背筋を波うたせるように痙攣させながら、嘔吐をするようなそぶりをする。毛並みの艶がなくなり、髯は垂れさがり、素人の眼にさえ覚束なそうに見える。
狭山は私が傍に立っているのさえ眼にはいら
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